新しい本が出版されました(自閉症世界の探求)

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「自閉症世界の探求 ー精神分析的研究よりー」

 

ドナルド・メルツァー他著 平井正三監訳
賀来博光 石橋大樹 岡野泰子 工藤晋平 南里幸一郎 東中園 聡 西 見奈子訳

 

自閉症や発達障害の子どもにおこなった精神分析の記録です。ドナルド・メルツァーのスーパーバイズを受けた分析家たちがケースについてまとめ、メルツァーがそこから新たな理論を打ち出したものです。

メルツァーは、自閉部分を誰の心にもあるものとして捉えます。その上で、その自閉部分が心に何をもたらすのかについて探求しています。それらは今日の日本で一般的になされている自閉症の理解とは大きく異なるものです。
例えば、メルツァーは彼らをとても敏感で繊細な人たちだと考えています。人の心や空気が読めない鈍感な人たちではないのです。そのあまりにも敏感で気づき易い心の防衛の結果として、自閉症に特徴的な行動が表れるのだと理解しています。
また、メルツァーは、彼らは三次元の世界ではなく、一次元や二次元の世界にいるということ、つまり点や平面でできた世界に彼らが住んでいるということを明らかにしました。二次元の世界に住むというのは、三次元という空間を体験できない、つまり心という容れ物を考えることができないということになります。具体的には、二次元的世界にいるため、漢字という形を覚えることは得意ですが、文章の意味を読みとることは難しくなります。さらにルールを覚えることは得意ですが、その理由を考えることはなかなか難しくなりますし、人の外見や洋服、キラキラピカピカした感じといった表面的な刺激にはひどく魅かれますが、相手の心を考えたり、そこにある愛情を体験したりすることは困難です。
そして、もうひとつの大きな発見は不安や葛藤が起きた時の心の対処の仕方についてです。そこには神経症や精神病の人たちとは、大きく異なるシステムが働いていることを示しました。そのやり方はいくつかありますが、最も特徴的なのは体験や感覚を一旦バラバラにして、そしてすぐにまた統合するという独特のやり方です。普通の人でも嫌なことは忘れられたり、なかったことにしたりしますが、彼らのやり方は、よりオートマチックでそこに不安や怒りなど情緒の入り込む隙がないという特徴があります。別の言葉で言うと、それらは非常にあっけなく何事もなかったかのように淡々と処理されてしまうのです。そのため、他人が彼らの情緒に共感的に関わることは難しくなり、それは対人関係を築くことそのものへの問題につながります。このような心のあり方によって、自閉症という世界が展開しているのだということを明らかにしました。

この本は、1975年、つまり約40年前にイギリスで出版された本です。しかしいまだに日本では自閉症の子どもたちに対して、このような深い理解はほとんどおこなわれていないように思います。
本の中では随所に自閉症や発達障害の子どもたちに対する尊敬の眼差しをも含んだ真摯な姿勢が感じられます。彼らは世界がどのように見えているのか、メルツァーの理解を通して私たちが学ぶことができる本です。自閉症や発達障害の方に関わる全ての専門家にお勧めします。